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@阿波公方館跡
歴史民俗資料館
(那賀川町役場から西約700m)
「御所」とも呼ばれ110m四方の広大な敷地に、京都の公家屋敷と武家屋敷を兼ねた豪勢なものであったと伝えられています。
初代公方義冬から九代公方義根が退去するまで約270年間阿波公方が代々居住した館で、南北に堀を作り苅屋川より水を引き入れたと云われ現在も残っている。「お屋敷跡」「馬場跡」「御門前」「お花畠」の地名に名残りをとどめています。
B三栗八幡神社
(資料館より西南800m)
平島庄の産土神。阿波公方七代足利義武建立の石灯籠が2基残っています。
C須賀の庵
(資料館より南300m)
八代公方義宜が招いた京の名儒、島津華山の墓があり、九代公万義根の碑文があります。
D古津八幡神社
(資料館より西300m)
公方館にあった三社神社が合祀さ
れています。
E万願寺
(資料館より北西1500m)
万願寺にある地蔵堂境内には、阿波公方八代博山公義宜の子、足利義智の献じた石灯籠が現存し、当時の「阿波誌」によると万願寺は廃寺となり地蔵堂だけが残っている。また、この万願寺には聖徳太子が女人の安産を願って桑の木を使って自ら彫刻されたという木造地蔵菩薩像が本尊秘仏として安置されています。
F今津壘趾
(資料館より北600m)
今から約200年前に書かれた阿波藩の歴史書、阿波誌の中に、本町には古津壘、平島壘、今津壘の3つ
の館があったと記載されており今の大久寺がその跡であり、平井対馬守の居城であったが天正10年(1
583年)長曽我部元親の侵攻により滅び、天主山の地名にその名残り留めております。
平島館跡
島津華山の墓
三栗八幡神社全景
公方7代義武建立の石灯籠
初代公方義冬建立の石灯籠
義智の献じた石灯籠